平成22年 第1問

第1 小問1(1)

1 設問前段

(1)AはBに対して、民法(以下、法令名は省略する。)新121条の2第1項に基づく原状回復請求として金500万円を請求することが考えられる。 

(2)AはBとの間で甲絵画の売買契約(555条)を締結している。しかし、Aは契約締結時に事理弁識能力を欠いていた。そのため、Aは契約時に「意思能力を有しなかった」(新3条の2)といえ、AはBとの甲絵画売買契約の無効となる。

(3)よって、AはBに対して支払った代金分の500万円の返還を請求できる。

2 設問後段

(1)Bの方から、Aが意思無能力であるから契約は無効であるとして、甲絵画の返還を請求することができるか。

(2)確かに、無効な行為は当然に最初から効力を有しないものだから、当事者のいずれがそのことを主張してもよいと思える。しかし、新3条の2の趣旨は、意思能力なき本人を保護するためのものである。そうすると、例えば、本人が利益を得ており、あえて無効とする必要がない場合に、相手方や第三者による無効主張を許すことは、本人の利益を害することになり同条の趣旨に反する。

したがって、ここにいう無効は、本人のみが主張できる取消的無効と解する。

(3)よって、BはAの意思無能力を理由に売買契約の無効を主張し、Aに対して甲絵画の返還を請求することはできない。

第2 小問1(2)

1 小問1(1)と同様に、AはBに対して不当利得として金500万円の返還を請求することが考えられる(121条の2第1項)。

2 Bの反論(同時履行の抗弁)

(1)売買契約は無効のため、両当事者に原状回復義務が発生する。この義務は双務契約の巻き戻しであることから同時履行の抗弁権(新533条)が類推適用される。そのため、Bは、甲絵画と引き換えでなければ、500万円の返還をしない。以上のように反論することが考えられる。

(2)Bの反論は妥当でない。Aの甲絵画返還債務は、甲絵画が当事者の帰責事由なく滅失し、履行不能となっている。そのため、同債務は損害賠償債務に転化することなく消滅している。

したがって、同時履行の抗弁権を主張するBの反論は失当である。

3 Bの反論(価値相当額の返還)

(1)甲絵画の時価相当額について、価値相当額を返還せねばならず、これと自己の債務を相殺すると反論することが考えられる。

(3)しかし、Bは現存利益の返還で足りる(121条の2第3項)ため、価値相当額の返還を行う必要はない。

4 よって、AのBに対する500万円の返還請求は認められる。

第3 小問2

1 取消しの主張

(1)後見人は、被後見人がした法律行為を取り消すことができる(9条本文)。甲絵画は価格が500万円であり、その売買は日用品の購入とはいえず、同条但書の適用はなく、Cは取り消しができるように思えるが、後見人は就任前の被後見人の法律行為を取り消すことができるか問題となる。

(2)もし、就任前の法律行為についても取り消しができるとなると、取引関係に入る者は、相手の意思能力の有無に加えて、後見が開始する予定があるかも調査をしなければならなくなる。これを相手方に要求するのは酷である。

したがって、同条本文により取消すことができるのは、後見人として就任した後の被後見人の法律行為に限られると解する。

(3)よって、Cは、AB間の売買契約を、取り消すことはできない。

2 無効の主張

(1)上述のように、意思無能力を理由とする無効はいわゆる取消的無効であって、表意者のみが主張できる。しかし、意思無能力者自身が適切に無効を主張することは、期待しがたい。

(2)後見人は、被後見人の財産について管理権を有し、被後見人の包括的な代表権を有する(民法859条1項)のであり、その職務について善管注意義務民法869条、644条)を課されているのだから、被後見人にとって最も利益に行動することが期待できる。

   したがって、被後見人の代表権の内容として、後見人は無効主張が可能であると解する。

(3)よって、Cは、AB間の甲絵画売買契約の無効を主張することができる。

3 追認の主張

 追認は、取り消すことができる行為について、取消権者に限りすることができる(新122条、新120条)。

本件では、AB間の甲絵画売買契約は、取り消すことができる行為ではないので、追認することはできない。

 もっとも、無効な行為であることを知って追認することで、新たな法律行為として契約を結び直すことはできる(119条)

以上